余計なこと

セッションでは、自分のことはほとんど話さない。
自分の年齢、職業、家族構成、経歴などは、
セッションではまったく関係ないから。
むしろ、自分のそういったものをすべて捨てて、
音楽のことだけでつながりたい。

ところが昨日のセッションで、雑談の時、つい自分のことを口走ってしまった。
そして相手は、びっくりして、「えええ、意外!」と繰り返した。
その瞬間、自分の中で、あああああ~とものすごい後悔の念が襲った。

もう相手は、それを他言するだろうし、
それを知った人は、そのバイアスで私を見るだろう。

自分のことは、秘密にしておきたかったのに、
かたくなに、それを注意して、これまで守ってきたのに。

一度しゃべったことは、もう取り返しがつかない。
余計なことをいわないようにするには、どうすればいいんだろう。

なれなれしい、よそよそしい

人との距離と時間の関係は、むずかしい。
知り合ってからどのくらい時間がたっているか、
その時間に応じてどのくらい距離をとるのがいいのか?

「なれなれしい」にもなるし、
「よそよそしい」にもなる。

結局、時間と距離のとり方が自分と似ている人が
心地よく感じるのだろうけど、
なかなか、そういう人に会うことはできない。

空に会いに行く

今日のセッションもはじめてのところ。
どこに行っても、すでにできあがっている仲間の輪、
私はその輪に入ることができない。

休憩時間は一人ぽつんとして、しんどい。
ふと、窓の外から、澄んだ空が見えた。

そうだ、空を見にいこう、空に会いに行こう。
そう思い、私は一人外に出た。

一人でもだいじょうぶだよと、空になぐさめられて、
お店に戻った。
さびしくなったら、また空に会いに行こう。

寝れる

昨日は怒涛のように仕事をした。
期限がせまっていると、頭痛がひどくてもやらざるをえなかった。
そしてやりきった時、真っ先に思ったのは
「明日は一日、寝るぞ!罪悪感なく寝れる!」だ。

それほど忙しくない時期にゴロゴロ寝ていると罪悪感がある。
大した仕事もしてないのに、寝てばかりでいいのかと。

でも今日はどれだけ寝てもいい、罪悪感は全くない。

寝てもいい条件は「心身ともに疲れていること」だという
固定概念をはずしたいけれど、
とりあえず、今日は寝る、寝れる、堂々と。

少しとけた

前回のセッションで私にダメ出しをしたSさん。
心が折れてしまった私は、もうSさんと話すことはないと決めていた。

昨日のセッションで、私はSさんを避けていたけれど、
Sさんがすーっとやってきて、「今、何を練習してる?」と聞いてきた。
私は一瞬固まってしまったが、「あ、○○です。」と大人対応をした。
すると「それ、やろう。」と言って、一緒にセッションした。
ダメ出しがこわかったけれど、Sさんはダメ出しはしなかった。

Sさんは知っていたのだろうか?
私が前回のダメ出しでへこんでいたことを。

一緒にやろうと来てくれたのは、
ぼくは敵じゃないよ、という、Sさんなりのメッセージだったのかもしれない。
固くなった私の心は、雪解けのように、少しとけた。

「です」「ます」

私は家族以外の人と話す時、「です」「ます」を使う。
家族以外で、ため語で話せる人はいない。

「です」「ます」を使うことで、
壁を作っている。
壁があると安心する。
攻撃されないために、距離を置く。

しかし「です」「ます」で壁をこしらえるのは、
やはり疲れる。

いつか、たった一人でいいから、
「です」「ます」を解禁して話ができる人がほしい。

声が聞きたかった

昨日のセッションで、初めての人が来ていた。
表情がとぼしく、無口な人だった。
みんなで雑談しているときも、ほぼ無表情で、
まったくしゃべらなかった。
彼の無表情と無口が、かえって存在感を増しているように思った。

私は気になってしかたがなかった。
初めての場所で、すでにできあがっている常連の輪に入れない、
居心地のわるさは、私は何度も経験している。
楽しいでほしい、私は心の中で願った。

私から話しかければよかったけれど、私の席から少し遠くにいたし、
常連の話が盛り上がって、私にも話を振られていたから、
話をさえぎって彼に声をかけるタイミングを逸してしまった。
結局、最後まで彼は無口で、軽く一礼して帰ってしまった。

彼に話かければよかった。
声が聞きたかった。